あいのうた X 『木更津キャッツアイ』 の 共通性
アロハ♪GOです!
「あいのうた」終わってしまいましたね!
(これ以下、ネタバレあり)
最後まで、暖かい気持ちになりました。
笑えて、泣けて、素敵なドラマでしたね。
今回は、終わりかたについて、考察してみますね!
あいちゃんの声
「病気が治ったわけではないし、そんな奇跡は、無理なのかもしれない。
でも、今も彼は、笑顔で私の前にいてくれる。愛する人がいること。
そして、愛されてる幸せを、噛みしめるように私は生きている。
愛なんていらないって言っていた、あの私がだ。それに、ほんの、ほんの、少しだけ思う。
こうやって笑って生きてさえいれば、ありえない奇跡だって、起きてしまうかもしれないって。
だって、一度は死のうとした私が、今こうしているのだって、奇跡みたいなものだから」
『優二の死は描かれず、視聴者に奇跡が起こるかもしれない』
と、匂わせて終わりました。
このことにより、ファンタジーになりました。
それは、洋子は最後まで、あいちゃんのままでいること
からも、伺えます。
『木更津キャッツアイ 』も、ぶっさんの死は描かないで
うっちーの声で、こう言わせただけです。
うっちーの声「それから、ぶっさんは1年以上しぶとく生き延びて
22歳でこの世を去りました」
なぜ、ここで『木更津キャッツアイ 』なのか?
キャッツアイの面々は、
大人になることを、先送りにしてるのです。
それは、ぶっさんが木更津から、出たことがない設定からも
伺えます。
つまり、木更津という閉じられた空間だからこそ、
大人になることを、先送りにすることが可能なのです。
これは、洋子があいちゃんのままで
いることに、つながります。
普通なら、洋子は充分、成長したのですから
洋子に戻って、再生するというパターンですよね!
でも、そうはしませんでした。
あいちゃんのままで、いることによって
死を描かないでも成立したのです。
なぜなら、、、
『木更津キャッツアイ 』も『あいのうた』も
ずっと、このままで居たいという
本質があるのです。
そう、それが
ファンタージーだから。
そして、ぼくらは(視聴者は)
ドラマにファンタジーを求めているのです。
で、ぼくの結論を言うと、
最終回は、これで、とても良かったと思います。
(厳密に言うと、木更津キャッツアイは、オジーの死を
描いたことによって、先延ばしにした終わりは
いつかやってくることを、示しました。だから、名作なのです)
今回の考察での、木更津キャッツアイの話などは
大塚 英志さんのキャラクター小説の作り方
を
すご〜く参考にしています。
このレビューに共感した方は、絶対、面白いと思いますよ♪
この記事も読んで見てね♪
;あいのうた 第2話 X 『木更津キャッツアイ』
P.s
『木更津キャッツアイ 』の完結版の
映画化が決定しました。ゼーッテー見るぜ!


